MANOOON COLUMN。

キーボード・マノフミヒロの日々是エッセイ。
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外来種

ジャンボタニシが凄い事になっているらしい。

外来種で繁殖力が強く、稲をかじり倒すほどで、水田では大変な被害にあってるそうな。
テレビでやってたんだけど、タマゴがピンクで凄かった。
ジャンボタニシ。

外来種はほっとくと生態系は破壊され単純化、画一化する。
生態系の画一化は土壌の画一化であり、収穫物の画一化であり、人間の画一化だろう。
自然の営みの中では、生物の多様性は善であり、そんな中で豊潤な土が産まれ、それを好む野菜が自然と育ち、人は何万年も当たり前のように生きてこられたという神秘的な大前提を、もう一度強く意識しなくてはいけない。
そのうえで、人間の手でなにかを強く作為しない限り、この先、循環を基調とした環境は守れないのではないだろうか。

見映えがよく綺麗な今の野菜は、30年前と比べて栄養素が4分の1程度に激減しているらしい。
身体の事を思って毎日野菜を採っても、ちゃんとした物でなければなんの意味もない。
そんなのっぺらぼうな野菜を食べてると、のっぺらぼうな人間になり、のっぺらぼうな社会を好み、何のために今ここにいるのかわからなくなる気がする。
愛されて育てられた野菜を意識して採れば、生き方も変わるだろう。


外来種といえばチベットに進出して文化を破壊した中国を思い出す。
信仰、対話を文化とするチベットに、中共は武力で侵略した。

日本のタニシが育んできた生態系を、ジャンボタニシは我が物顔で蹂躙していく。
チベット民族を大量に虐殺し、その何倍もの漢民族を移住させ、文化は子孫に継承させず、チベットは今外来種の手によって絶滅させられようとしている。

私がチベットの事を世界のどんな理不尽な出来事よりも心を痛めるのは、祈りはどこまで通じるのか?と思うからだ。

「ありがとうございます」
「愛しています」
「ごめんなさい」
「許してください」

チベット語には餓死という言葉がない。
人口の5分の1が僧であるチベット人は中国人の事を憎んで死んだのか?
殺したいと思って死んだのか?
彼らが安らぎをどうか見出だせるように、できる限り自分と彼らの中に繋がりを見出だそうとし続けたのではないか?

自分が日本のタニシだとして、水田で平和に暮らしてるところに強力な外来種ジャンボタニシが現れて、家族や友人たちを目の前で理不尽に殺されたらどうあるべきだろうか、とチベット以来考えるようになった。

自分の内に光があれば、どんな中においてもありのままの自分でいられるだろう。
子供は本来アトピーでも気にせず生きていく。
哀しがったり、他と比べたりするのは周りの環境がそんな捉え方を植え付けるからではないか。
「光が向かう」と名付けた家族の自由を思うと、自分はまだ中国人に伝えられることがあると思いたい、未熟者なのだろう。

愛についてはまだ思考中であるとしたい。
この形ある世の中のひとつの言葉で捉えるのはとても難しい。
しかし、最近の日本で語られる愛は、単調で、それこそ画一的で、しかもそれを至上の価値として崇拝せよ、と何者かに仕組まれたもののような気がする。
今の世の中に流れる「愛」と呼ばれる概念を、一度きっちり疑ってみた方が、本当に真摯な対話ができるんじゃないだろうか?
素敵な話題。 | permalink | comments(2) | -

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この記事に対するコメント

うちは長女→愛の里(理)
長男→匡には一国の王の様にたくましく勇ましく
次女→愛の里の真ん中(中央)にみんなに愛される人
とゆう意味よん(^O^)本人達が知るのはいつになるかなぁ〜♪
親が命の次に与える物、それが名前かなぁ
さとさとっ | 2009/07/15 11:03 PM
みんな凄まじくそのように育ってますですね(笑)
愛理はまさしく愛の里であります。
今やヒナタの実のお姉さんのようです。
マサヤさまはほんと下から読んでも上から読んでもマサヤサマですし、リオはなにやっても可愛い。
凄い事だと思います。はい。
マノ | 2009/07/16 1:24 AM
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