MANOOON COLUMN。

キーボード・マノフミヒロの日々是エッセイ。
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内藤知佳 「知佳の萌え萌え大作戦」


ラブ絶対本命!超ヘビロテ!センスUP!! 私も欲しい!!
定番色にトレンドをプラスして!
主役級のBPMでブレイクまちがいなし!!
マークすべきはおしゃれセレブのリアルな売れ筋ナンバーワン!!

ちょこっとトレンド!!
ちょっぴり大人のキレイめオーラ大放出!!
おしゃれエッセンスがつまった「可愛い大人の萌えテク」大選手権!!
内藤知佳チャンのセカンドマキシ「知佳の萌え萌え大作戦」が出るよ、みんな!

まあ!よしみもハナコもふわ髪のうる肌の上に、フェミナチュ眉のおねだり唇・・・ってことはキメキメ合コン勝利計画?

みんな夏できてるわね!あたしもこの夏は
「スジ脚、エロキャミ、女力ヒール」でエロかわお嬢!
をめざすか!?

・・・視聴。
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HISTORY OF TAMA 15

20050906_21432.jpg
ついに観た!
「HISTORY OF TAMA 15」。
たまが結成15周年を記念して、結成から今までの秘蔵VTRを二本組に編集した超激レア大作!
廃盤インディー作品のためほとんどネットに出回ることもなく、
こりゃよっぽど観れまいとすっかりあきらめていたのだが、
ついに、ついに観た!!
決め手はカネではなかった!コネだった!!
本物まるごと郵送してくれた、百人芝居でなかよしになった東京在住ナカユキさん、愛してます!
好きです!
今度一緒にあおなみ線に乗りましょう!(意味なし)

さて・・・
柳原(AG、VO)、知久(AG、VO)、石川(タイコ、VO)の三人でスタートしたたま。
アマチュア時代、ほとんど生音で屋形船や公民館のようなゆる〜い会場でライヴを繰り返し、キノコのように生長してゆく。
なんか昔の(今も?)プライナスとチカチカナイトを足して2で割ったみたいな初期でした。

友人(極めて素)がステージ上に普通に上がってきて、ドラムセットを運び出すパフォーマンスは、どっかシュールで、意味なくカッコいい。
下手すると身内ノリなそんな初期の頃から変わらないのは、
表現を磨き、感性を研ぎ澄ましながら、ただただ音を重ねてくメンバーの姿。
遊びとゆるさの中に、動物みたいな感性が光ってるのがすごくよくわかる。

ベースのGさん加入に伴い、徐々に音楽性に幅が出て、ステージングが芝居がかってくるたま。
やなちゃんと知久さんの衣裳は明らかに少年王者舘の影響が色濃い。
長髪だった石川さんはついにランニング坊主姿に。

そして90年である。
イカ天出演後あたり、四人はアーティストとして、完全に抜ける。
それまでやってきた事がここで爆発したのか。
飄々としているようでいて、世間に理解された事は多かれ少なかれ自信になったのか。
本人たちに言わせると、
「周りが変わっただけで自分たちはなにも変わっていない」と言うが。

明らかに変化したメンバーひとりひとりの立たずまい、確立された存在感の太さは、「そういうイキモノ」になっちゃったみたいだ。

バラバラな個性をバラバラなまま、空気レベルで繋がっていく魔法が成立して、あとはなにをやっても「たま」になっちゃう楽しさ。帆を張りさえすれば船は進んでいく中期。

やはりブレイクすべきタイミングでブレイクすべきバンドがブレイクするだけなんですね。美しいなあ。私はそれを信じたい!

音楽の(又はメンバーの人間としての)本質と、スキルや枝葉としてのパフォーマンスにずれがなければ、変わっていくことを恐れることはないし、芯はいつまでも変わらない。そのマジックを体現していたたまの15年!!
すばらしい!!!

そして健全な魂と健全な視野にもうひとつマジックが起これば、大きなステージが自然と用意されてくるんじゃないかしら。百人芝居のように。私はそう思う!!

そこまで大きな舞台をメンバーは望んでいなかったかもしれないが、あの頃のたまの音楽の魂はそこを求めちゃったのだ。
そうなるとメンバーは器でしかない。
どこでもいつでも自分たちでいつづけるメンバーは、自分たちをマスターしてた。
心底疲労し果てたようですが・・・お疲れ様でした。

中期以降で衝撃だったのはイラストレーターの個展で完全ノーマイクで演奏された「とんかち」。この少なすぎる音数!かっこよすぎる!
「ねむけざましのうた」オルガン三連弾。
Gさん顎骨折によりのGさんの歌を他のメンバーが歌う。
「さよなら人類」のアドリブで、石川さん転落・・・いや、その前に、ステージに組まれた鉄骨をカンカン叩きながらどんどん上っていく・・・完全に音楽だった。

いいでしょ。観たくなってきたでしょ。観たい?
プライナスのメンバーと一緒に観ようと思います。
ナカユキさん、そのほかにもサンキューね!!
また!
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あ、忘れてた。サヨナラCOLORだった。

サヨナラCOLOR
サヨナラCOLOR

言い忘れました。
「サヨナラCOLOR」とはSUPER BUTTER DOGの名曲です。
ゴッホのことを考えていたらマミやんに薦められて聴きました。
まさに、あんな曲でした。すごいタイミング。

プライナスからうえさまが卒業しました。
彼女には目指すところがあり、この言い方では今の彼女には響かないかも知れませんが、
彼女の気合とプロ意識と公正な愛は完全に美しさとカッコよさとして、真野の中に残っています。

本人に話したいことはたくさんありますが、後は飯でもたべながら。

おつかれさまでした。
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Bank Band with Salyu 「to U」

ミュージカルバトンなるものが回ってきたので、
先日から「自分にとって偉大な5曲」を探しているのだが・・・・
これがむずかしくてのうーーー。
他の質問はなんとでもなるのだが。

ここ最近いい曲にあえてないということなのだな。
過去の自分にとっての曲ばかりになりそうだ。

と思っていたら、今日、すごい曲聴いたのよ。


to U
 Bank Band with Salyu

 作詞:桜井和寿
 作曲:小林武史



こりゃすごい。歌詞はこちらのサイトさんで読むことができます。http://blog.goo.ne.jp/luisfigo-maroon5
ぜひどうにかして聴いてください、みなさん。
筑紫哲也のニュース23でも聴けるらしいが、発売もされてないし、どうやらサイトでも聴けないようなので、limewireででも聴いてください。その辺は自己責任で。


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オモシロ音楽紹介。

YMCKの激ピコトラック、その名も8bitサウンドを聴いてくれ。

いやあ、久しぶりにこれは、結構目からうろこが落ちました。

たまにシンセをいじくることがある。
あたしゃ一番これが苦手なんだよ。
ここまで作りこむには、まず、音源部に膨大な知識がないと。
ひょっとして、その手の(ゲーム音楽に精通している)人間がつくったとか?
今のシンセはパソコン同様、異常に進化していて、作りこめばほとんど機械と分からぬほどに豊かな感情表現ができる。が。

生音に限りなく近づく「進化」とは全く逆に、「最新の技術を駆使して限りなく最初の音」を追求しちゃったにも関わらず、その注目度は、業界ナンバーワン。古いけど、新しい音。

お見事。
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シフクノオトを響かせるために。その

真野は、Mr.Childrenに高校の時に出会い、
高い音楽性はもちろん、プロ意識の高さ、普遍的なのに
攻撃的な方へ果敢に進む信念の部分にもすごく魅了され、
曲はもちろんその戦略、仕掛けや計算の部分も大好きになった。
音楽は大好きだったけど、プロとしてやっていこうと決心したのは
Mr.Childrnとそのプロデューサーである小林武史に出会ったからだ。
その頃の代表的なアルバム、「深海」と「BOLERO」。
こうしたアルバムのロック的な側面が、やがて真野がナンバーガール
などに出会うきっかけになった。

しかし、昔からどーもライブは好きではなかった。
完成度はすごく高いと思う。
ミスチルのライブはいつもホールで、照明、映像、特殊効果を
効果的に使い、音楽だけではない、高度なエンターテイメントとして
来た人を感動させる。曲にもライブだけのアレンジが施され、曲の持つ
メッセージをより打ち出したり、全く違う形にしたりと、徹底している。

完璧なのだ。
でも、なんか冷たいのだ。観終わって、なんか疲れるのだ。
演出には感動するけど、それってミスチルじゃなくてもいいんじゃないか。
演奏する人間よりも、セットや仕掛けの方がでかくなっているんじゃないか。
時に巨大なセットは大きいほど、ストレスのように空虚に見えた。
CDではあんなに自然体なのに、ライブではどうも無理してるようで嫌だった。
大好きなバンドで、しかもこんなにすばらしいエンターテイメントなのに、感動しない自分がわからなくなったりもした。

なので、CDは毎回買っていたが、ライブビデオは、活動休止前の「regress or progress」でを最後に買うことを止めていた。  

しかし、この「シフクノオト」は、もうはなっから今までとメンバーの顔つきが違っていた。
恐れず、静かに気持ちを高め、全身で放ち、そうすればその音が
魔法のようにみんなの心に響き渡ると確信した人たちの表情だ。
桜井。
どんな逆境の中にあっても、絶対勝てると確信したスポーツ選手みたいにおおきい。
田原。
この人の化け方が一番驚いた。
アルバムの時のジャケ写から、なんか雰囲気変わったな、
と思ったが、思ったとおり。完全に音楽が乗り移っている人になっていた。
「地味なギターの人」から「ミスターチルドレン」になっていた。
相変わらず淡々としている。が、よく笑い、周りをよく見、歌詞を口ずさみ、宇宙に一個しかないこの人の音をちゃんとだす。「この人」の完成。
この人にしかない淡々とした深さ。嘘じゃないんだよ、どのしぐさも。
人真似じゃ絶対にこの音は出せない。
人についてく事をやめるべきなんだ。
それでいて、なおかつ笑顔なんだよ。田原。
この変わりよう、すごくない?

桜井と田原。カメラアングルで、この二人が並ぶとやばい。
ミスチルという存在が何十倍にも大きく見える。完成した個と個。

と思っていた束の間、三曲目の「PADDLE」にやられた。
メロディーと、詞と、バンドの音が彼らの人間としての深さが
真実味を持って押し寄せたとき、どわーって涙が溢れた。

ギターを離し、会場を走り出す桜井。
成長をも求めて止まない人間桜井和寿がある日、
ポロってギター弾いたらその時の人生観すべて出てしまったような曲、「PADDLE」。
こんなメロディーと、この詞をこの音で、こんなに笑顔で唄うのか。
包み込まれた。だめだった。

本質で鳴らす音楽を手に入れていた。
もう、全然違うバンドだった。
セットなんて、照明なんて、ちっちゃい事に思えた。
そう思いたかった事を、思わせてくれた。
彼らの視野が、すべてを追いやっていた。
「すごい、すごい。」と思った。
感動のあまり、涙がとまらなかった。

ということだったんだと思うんですけど。
「あのミスチルが!」というのはまさにそーいった思惑があったからで。

・・・続く。
次回は「シフクノオト論」最終回!!
真野が今まで観たいろんなライブの総評だよ!
いろんな角度から感じた「シフクノオト」を斬るよ!
お楽しみに〜!!

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「シフクノオト」を響かせるために。 その

泣いた。
久しぶりに号泣した。
心に響いて、泣けて泣けて仕方なかった。
だから声を出して泣いた。
なにもかもどーでもよくなった。素直になろうと思った。
心から泣くことができて、ほんとによかった。

Mr.ChildrenのライブDVD、「シフクノオト」。


なぜこのライブが胸に来たのか。
泣きながら泣く理由が自分でわからなかった。
一瞬も画面から目が話せなかった。
今まで一度もこんなことなかった。

理由を考えてみた。
あのミスチルがこんなことになっていたなんて。
喜びの方へ、喜びの方へ。ほんとにそういうライブだった。
そんなばかな。信じられない。うそだろ?
「蘇生」や「PADDLE」で歌われたことが、バンドの状態そのまんまになっている。
笑顔、笑顔、笑顔。みんなの笑顔が忘れられない。
悲しい曲も、切ない曲も、重い時代の闇を切り取った切り裂くような曲も、ひとつひとつの音が、はっきりと大声で歌っている。笑っている。
あの桜井が笑っている。あの田原も笑っている。
心からの発信、運動、会場全体と喜びを分かち合うことによる、本当の笑顔。
パフォーマンスとしての営業スマイルではないんだ。
心から汗をかいているのがつたわってくる。
本当に本当に素晴らしかった。

しかしあのミスチルがねえ・・・。

続く。
次号はまのーんとミスチルの出会いからだよ!!
一体まのーんはどんな風にミスチルを聴く子だったのかな?
コーご期待!!
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井上陽水に出会った二人の話。


井上陽水トリビュートを聴いた。
すこし年配の方で、音楽をかじってた方になると、
みーんな揃っていう。
「井上陽水はすごい。」と。
いろいろ思い出した。

知り合いの某Kさんは若かりし頃シンガーを目指していたが、
デビュー当時の井上陽水のあまりの衝撃に、
完全に敵わないと思って、ミュージシャンの夢をあきらめたらしい。
その後、彼は裏方として、音楽業界で成功した。
「陽水に出会わなかったら今でも勘違いして音楽つづけてたよ。」
と笑って今ではいうらしい。
自分を見つめ、自分の本当の道をみつけたわけである。
ちなみに、たまの元ベーシストの滝本晃司ことGさんは、
陽水を聴いて「俺のほうが面白い曲をつくれる・・・。」
とおもったらしい。
そして、たまのベーシスト兼シンガーとして、今でもソロで活躍中。
これがGさんの道。
どちらが、ミュージシャンとして才能があったか、とかそういう話ではない。
陽水との出会いは、それぞれのとっての大いなるきっかけであったのだな。
陽水という怪物を前に、本当の本当に自分を見つめざるを得なくなった。
さあ、どうするか。
それでも行くのか。行ける説得力が、まだ自分の中にあるのなら、行くのだし、
「自分の住めるような世界ではない」と思うのなら、別の道に行くのだろう。
二人とも、本気で考え、そうしたのだろう。ただ、二人とも選んだ道が正しかったといえるのは、そりゃー今だからだ。何故なら結果が出てるから。
瞬間、瞬間を選び取りながら生きてきた結果だ。
今に至るまでの二人のすべての気持ちは、永遠にわかりっこない。
われわれはその人生を生きれないのだから。
とりあえず、おめでとうございます。
参考になります。

まあ今の音楽業界は本気で自分を知ってる天才ばかりで、一歩間違えると息もできない状況であるが、まずは、自分の喜びに忠実になることだな。
それさえわかれば、実は簡単な事なんじゃないか?やっぱそう思う。
で、無理なく続けれる方向を、全力で生きること。なんかわかってきた。
まだまだいけますよ。

というわけで、レビューはまた今度。
なんせ試聴機で聴いたもので、まだ全貌を把握してないという。
そんなネカ(矢沢栄吉はお金の事を若い頃こう呼んでいた)もない俺。
残念!!次号に続く!

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たま「たまの最期!!」

というわけで、DVD「たまの最期!!」である。
真野はたまのライブビデオ自体、ほとんど13年ぶりくらいなので、入手できた事自体感動ものなのである。ゆくぞ、今まで活動していてくだすった。こうして、大人になって、またたまについて思いを馳せられる事が、感無量である。よくぞ、元気で。
ありがとうございます。

さて、しかしほんとに存在自体が天然記念物な3人である。
あいかわらずのこのキャラの立ちっぷり!
とくにすごいのが石川さんである。もうほんとオモロイ!!!観ているとまず、石川さんに注目してしまう。どうしても、観てしまう。観たくなくても、観てしまう。
表情、カラダの動き等全てがもう、石川浩司というイキモノなのである。
ちなみに、この人の世界観はデビューから最期まで、ほとんどかわっていない。
デビュー前のデモテープ、「さるぼぼ」を聴いたが、石川さんだけほとんど世界観が変わっていない。滝本さんも、知久さんも、時の流れにおいて、相当作品の匂いが変わっていく。
特に3人たまになってからの知久さんは、「ひとりだけで遊んでいた世界に、大切な彼女ができてしまった」かのように、「苦味」ばしっていく。子供のようにひっくりかえる声は、まっすぐな歌唱法へと落ち着いていく。知久さんの「枯れた」世界や、滝本さん(Gさん)の相変わらずシュールなモノトーンの世界に時折虹の言葉で彩りをつけていく世界は、大人の匂いがして、「さんだる」からのファンである真野には、時の流れを感じずにいられない。
たまというかたちのなかでいきいきと変わり続けて行く事は、相当むずかしいことに思える。柳原さんの脱退に顕著なように、たまを維持する事がたまになった時、たまは終わるのであろう。

ライブの中盤で演奏される新曲群。
Gさんの「とかげ」知久さんの「ゆめみているよ」「夢の中の君」のロックっぷりに驚く。かと思えば、Gさんの「ハダシの足音」の虹色アコースティックたまサウンドの変わらぬ美しさにまっすぐに感動する。カワイイ!!
ああ・・・・真野はやはりこれが聴きたかったのかな。

たまサウンドといえば、このDVDのオープニング映像や、おまけ映像で使われるインスト曲もマジ素敵なのである。かつて、メジャーシーンで活躍していた時、たまに曲提供&バック演奏を依頼するアーティストが割といたが、相変わらず他に誰もやっていないサウンドなのである。

そして問題の石川さんである。
この人は、新曲だろうが、旧作だろうが、まったくノープロブレムで全身全霊全開で
石川さんなのである。もうほんっとサイコーだぞ!うひょーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「南風」でみせる「オットットダンス叩き」&「ホースでうねうねコーラス」、「学校にまにあわない」、「リヤカーマン」のパフォーマンスにこころの殻がぶち壊される。ああ、これがこの人のすべてなのね。全開で生きるって、観てるだけで気持ちいい・・・。そしてなにより、「あの頃」の片鱗をうかがわせる、「カニバル」スタイルのプログレたま!「へっぽこぴー」、「ハッピーマン」は演劇的、衝撃的!必見!!!!!!
石川さんこそが、たまだったのか?と思わせるほどの安定っぷり。この安心。

そして、真野がなにより感動したのは、ゲストのワタナベイビーが、アンコールで飛び入りした際に、おもむろにピアノに座り、弾き語りだしたのは、「さよなら人類」!!なんとかコードを思い出し、一生懸命演奏するメンバー!
とまあ、そこまでは石川さんの本で読んで知ってたから別に驚かなかったんだけど、いいなあと思ったのは、とっさの展開にさして動じてないメンバーと、ラストの大サビの石川さんのあの名台詞、「ついたーーーーーー!!!!!!!」に大喜びのお客さん、沸きあがる拍手!あのときの石川さんの自然な笑顔がすごくすごく印象的であった。にもかかわらず、その事については本に書いてないんだな、石川さん。いい人だなあ、ほんとに。

ありがとうたま。そして、たまを終わらせなかったたくさんのお客さん。
やはり、おおくのひとに支えられてこその表現である。
優れたアートとは本質の本質はポップであると思う。
たまも、あの頃だけじゃなく、最期もこんなに楽しい。胸が一杯さあ。
ほんとにほんとにありがとう。たま万歳!!
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ドビュッシーとホシノワッカとパンティーストッキングとナンバーガールとリリイシュシュのすべて。

ドビュッシーを久しぶりに聴いてみた。



真野が思うドビュッシーの傑作三部作は「牧神の午後への前奏曲」と「月の光」と「海」である。

真野は音楽を理論的に捉えた時,まずコード進行に耳がいく人である。

なぜなら,もともと「月刊歌謡曲」という歌本から遊びでピアノを始めた真野にとって,コード進行とはスーパーマリオでいうとこのフィールドにあたる。
要するに,遊び場なのである。
地下だったり,海だったり,空だったり,そんなかでも起承転結があるわけよ。
大事でしょう,フィールド!コード進行!

ところがクラッシックの作曲法は,コード進行よりもメロディーの重なり合い?
つまり,マリオがキノコやフラワーを取って,敵キャラとどう絡んでゆくかに重点を置いたような音楽というか,そんな気がするわけですよ。
わかりづらいすね,この例え。
すいません。
いや,要は,真野的にグッと来る作曲家がいなかったのだ,クラッシックには。
ところが絶妙なセンスを持った作曲家に,去年,出会えた。

それがドビュッシーだったわけである。

去年に遡る。
イマジンルールの中にホシノワッカという曲がある。自主盤でリリースした時に,この曲をすごく好きになってくれた方がいて,その人がドビュッシーを勧めてくれた。

その時聴いたのが「月の光」という曲である。

自分の曲で知った音楽家である。
これも縁だと思い,図書館にいった。
学研の「せかいのいじん100にんシリーズ」でドビュッシーの半生を読んだ。
おもしろかった逸話がある。
ドビュッシーと言う人は音楽界に友達が少なかったらしい。
周りの作曲仲間たちは,様式を重視し,音楽を学問のようにつくっていた。
こころのうごきを音楽で表現したいと強く願うドビュッシーには,形骸化した音楽家たちよりも,若手の画家たちの方が感性が通じあったようだ。
モネなどの台頭から,印象派と呼ばれる運動が盛んになった頃である。

プライナスに似ていると思った。

プライナスにも音楽友達おらーん。
でも,いろいろなジャンルの人たちと交流することで流れが変わっていく。
マジックチルドレンにトリオで出る,加藤泰徳氏とも似ている。

ドビュッシーの音楽性は,それまでの常識からすればかなりいびつなものだったに違いない。
ポップス的なコード分析をすると,「月の光」なんて9th,11th,13thを過剰に含み,コードネームをつけるのがアホらしくなってくるような変態和音の応酬である。
譜面を見ても,展開に法則がない。
と思われる。
「その瞬間」にドビュッシーが閃いた和声が次々と展開されている感じだ。

プライナス川名洋行氏の作曲方法に似ている。

真野は,川名氏のプライナス初期のいくつかの作品群の音楽的ハイレベルさにド肝をぬかした。
特筆すべきはパンティーストッキングのサビ部分のコード進行である。
実はあのサビの中で二度転調し,きれいにもとに戻っている。
それはジャズなどでしか見られない超高度な技法なのだが,川名氏は普通に感覚の赴くまま作っただけなのだと言う。
いやんなっちゃった。
当時の川名氏や,ドビュッシーにとって作曲とは,一瞬一瞬移り変わる心の様子を,きわめて繊細に音に写しとっていくただただ純粋な作業だったのだろう。

ドビュッシーの話に戻る。

真野はドビュッシーを聴くと,ナンバーガールを思い出してしょうがない。



今この時代の,かたちにならない感情を吐き出すため,自分たちでコードを作ったバンドである。
爆音に乗せ,自分の中にあるなにかを表現するため,喉から血が出るほど叫ぶボーカル。
地鳴りのようなドラム,歪む直線のベース,めくるめく色彩をふりまく二本のギター。
すべての音がひとつの塊のように呼吸をし,ふくらみ,突き放し,いったんテンポを落としてまた爆発するさまは,言い表しようのない感情そのものであり,オーケストラのようである。
是非みなさんにラストアルバム「omoide in my head状態」を聴いていただきたい。
あわよくばドビュッシー作品もこの期に及んで,是非。

最後に。

リリィシュシュのすべてという映画をみた。



このレビューの発端も,すべてこの映画を観たことに始まる。
リリイシュシュのCDを聴く時しかリアルを感じられない少年たちの話である。
リリイのエーテルが現実の重みに負けてしまいそうになった時,主人公の少年は自身のサイトで「同じ痛みを持つ青猫」さんと対話する事で世界との繋がりを取り戻す。
しかし少年のただひとつの救いであったリリイも,青猫も,現実に引き裂かれ,彼の痛みは増してゆく。
真野的には,少年になんとか繋がりや救いを見いだしてほしかった。
まあ,しかし現実はどうしようもないことばっかりである。
繋がりは痛みに変わり,清純さは汚されてゆく。
信じることをあざ笑うかのように。
…なんでしょうか,全編に流れるドビュッシーのピアノは,たくさんの感情を持っている。9th,11th,13thといったコードを一言で表現しにくいように,この映画の救いは,決して一面的に見て救いを描く事ではないのだろう。
退屈な地方の出来事である。

田園の緑はまぶしい。
残された少年の最後の逃げ場のようだ。
でも,狭くてどこにもいけない。

土田世紀の「雲いづるところ」を思い出す。



救いは,いつも繋がりの中にあり,今は遠く離れていても,心通わない事もあろうが,歩いていれば必ず会えると。

話はどんどん転がる。

MY LITTLE LOVERの最高傑作はオーガニックだと思う。



アコースティックのアレンジで聴くDistiny,白いカイト,shooting starは,会えない恋人との宇宙の繋がりを,ポップスにして響かせていたことに気づく。
そんな世界観を持つ小林武史が,リリイの音楽を担当している。
あまり映画はみない真野だが,これはよかった。
いろんな人の事を深く考えた。
きっと,繋がっているのだろう。
悲しい感想は持たなかった。
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