今の自分の人間関係は、
1、プライナス
2、家族
3、昔会った人たちも含めたネット上の人たち
の三大宇宙で構成されている。
で、その3つのコミュニティーに共通する、今の自分を強く引き寄せる話題が、
「食」「環境」「情報」、そして「自分はどう在りたいか」だ。
どれも問題となる構造はいっしょ。
「ほんとうに重要なことは隠されている」
「一番必要な方法はもっともシンプルで、すべてにとっていい方法」
例えばコンビニの弁当やスーパーの野菜、国が奨める予防接種にどれだけ恐ろしいものが添加されているか?
健康よりもお金の流れの方にどれだけの事が動いているか?
自分で興味を持って調べないとわからない。
テレビや新聞から流れてくる情報に受け身なままでは決してわからないのだ。
花粉症を直すにはどの病院でどの薬がいいのか?
売り切れのマスクはどこで買ったらいいのか?
そんな事より体質を変えて抵抗力を上げればいいのだ。
そのためには、何を食べたらいいのか、キーワードを工夫して検索すればすぐ出てくる。
解決法もいっしょ。
まずは本当の事を「知る事」。
で、自分で決めたらあとは
「つづけること」。
ここなのだ。
検索結果は誰にとっても同じものがでてくる、googleが悪魔でないかぎり。
本心で願えば自分にとって、必要な情報を持つ人にも出会うだろう。
そしてやるべき事を意思を持って続けること。
これが出来る人と出来ない人がでてくるのだろう。
特に、インスタントでコンビニエンスな食からの脱出は難しい。
マクドナルドも、コンビニ弁当も忙しい人には神のような存在だ。
缶コーヒーをやめ、水を飲み、一日に有機の玄米と味噌と、少しの野菜を食べる。
そんな宮沢賢治のような暮らしに必要性を感じて始めても、続けること、これがなかなか難しい。
私の場合、何かを始めようとする時にどう楽しみを見つけていかに自分の側に引き寄せるか、これが重要、ってゆうかこの方法でしか続けることができない。
イデオロギーではなく「いや、もう趣味、趣味」ってやるのがいいようだ。
「意志」から遠ざけて、楽しいからついいろんなこと考える、ついいろんな見方してしまう状態に自分を持ってくと、時間はかかるがうまく続けられる事に気付いた。
例えば玄米食だが、今でははっきり玄米食べた後では集中力があがる自分に気付いた。
雑念をリセットするために玄米が欲しくなるときがある。
缶コーヒーも白砂糖も、辞められたわけではないが、どういう精神状態の時に欲するかは把握できるようになった。
また、人間の持つ「考え方ひとつで毒を薬にすることができるイメージの力」、これが一番の良薬だと思っているので、いいものばかりで周囲を固めることにどこか抵抗感がある。
何事もボチボチでいいでしょうと考える非常に中途半端な人間なので、楽しむことに無理させない事が一番としている。
いろんなことがひとくぎりついたので、家庭菜園をはじめようと思っている。
ここで重要なことは、「金をかけない」「むつかしくない」「おもしろがれるとこ」
から始めようと言う事だ。というか、自分の場合そこからはじめないといけない。
義務である。課す!!
絶対大変なもののはずだし、めんどくさくなったら一生やらないと思うし、
農業のことを知るよりも、自分のこと知らないとほんと危険だと思う。
自分に根性がないことは嫌というほどわかっているので、簡単なとこから楽しんでやりたい。
だから方法論は人と違っていいのだ。
そんな決意表明でした。
ま、また報告します。